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痙性斜頸は、中枢神経系(脳)の異常により、首の筋肉の一部が自分の意思に反した収縮を起こし、頭部の動きが異常になったり、頭位が偏ったり、首やその周辺に疼痛が起きたりする病気です。
痙性斜頸は局所性ジストニアの一型で、頸部ジストニアとも言います。眼瞼痙攣や口顎ジストニアなど、他の部位のジストニアを伴うこともあります。
・首に負担を与える異常姿勢や反復動作を職業的または習慣的に継続していた
・向精神薬の服用、急な減薬や断薬
・脳性麻痺その他の脳疾患
・交通事故その他による外傷
・精神的ストレス
※以上の誘因が思い当たらず、自然に発症することもあります。
・頭部が前や後に傾く(前屈・後屈)
・頭部が右や左に傾く(側屈)
・頭部が右や左に回ってしまう(回旋)
・頭位が前後や側方にずれる(前方偏倚・後方偏倚・側方偏倚)
・背中から頸部までが曲がる(側弯)
・片側の肩が上がる(肩の挙上)
・普通の肩こりとは異なる重いジーンとくる痛み(と筋収縮)が首から肩にかけて起きる
※以上のうち複数が組み合わさる場合もよくあります。
※最後の肩の痛みは通常の肩こりとは別物で、首から肩にかけての筋肉のジストニアが引き起こす疼痛です。
※向精神薬の副作用によりジスキネジアが首に発症した場合は、頭部が前後や左右に不規則に揺れ動いたり、ぐるっと回転したりします。頸部のジスキネジアは痙性斜頸(頸部ジストニア)からは区別されますが、ジスキネジアとして発現した症状が時間経過とともにジストニアに変化することもあります。逆に、ジストニアとして発現した症状がジスキネジアに変化することもあるようです。
上記の「具体的な症状」があり、下記の特徴のいずれかまたは複数に該当する場合は、痙性斜頸の可能性が高くなります。
・頭部の異常な傾きや動きはいつも一定の方向やパターンを取る。(ただし長期的には方向やパターンが変化することがあります。)〔定型性〕
・たとえば歩行時、洗面時、食事中、人前での発話時など、特定の動作や環境(人により異なる)において症状が一段と強く出る、またはそれらの時にだけ症状が出る。〔動作特異性〕
・頬や首筋に指で触れると、または何かにもたれると症状が軽くなる。〔感覚トリック〕
・起床後しばらくの間(人により1~2分から数時間まで)は症状が軽くなる。(ただし、この傾向は症状の進行とともに消失する場合もあります。)〔早朝効果〕
痙性斜頸に対する有効な治療法の第一選択は、ボツリヌス治療です。痙性斜頸への適応が認められている薬剤は、ボツリヌスA型毒素のボトックスのみです。(痙性斜頸に限って適応のあったボツリヌスB型毒素のナーブロックは、製造上の問題により2021年12月以降供給停止となっていましたが、その後再開の目途が立たず、2024年3月に販売中止となりました。)
ボツリヌス毒素の効果は3~4か月で切れるため、基本的には注射を反復していくことになりますが、効果が出ている間に頭部を正しく動かす感覚情報が脳内にフィードバックされることにより、効果が切れた後の状態が徐々に改善されていくこともあります。経験値の高い専門医の治療では、約半数の患者さんがほぼ寛解レベルまで改善する可能性があると言われています。完全な寛解にまでは至らずとも、生活に支障のない程度にまで改善すれば治療は十分成功したと言えます。
総じて発症後早い段階でボツリヌス治療を開始した方が、改善への期待度は上がります。1~2回の注射で効果が出なかった場合でも、何回か続けていくうちに効果を感じるようになる方もいます。初回は副作用について確認するため、通常は少ない薬液量から開始します。施注ポイントや各ポイントの薬液量の判断が初めのうち的確とは限らない可能性もありますし、患者さんの回復への期待感が強過ぎると、実際には起きているゆるやかな改善に自分で気付かないこともあります。
ただし残念ながら、何回か続けても効果の出ない患者さんや、途中から(抗体が出来るか、原因筋が注射では届かない深部筋に移動するなどの原因により)効果が出なくなる患者さんも一定の割合でいらっしゃいます。
ボツリヌス治療の結果は、医師の施注手技のレベルや針筋電図の使用の有無によっても左右されます。いわゆる「モグラ叩き」(見かけの斜頸パターンは大きく変わっていないのに、治療の影響により原因筋が変わる現象)が起きた場合でも医師が現在の状態を正確に判断するには、針筋電図の使用が物を言います。ただし、毎回のように頻繁に針筋電図を使用する医師は少ないようです。一方、優れた手技は、医師の熱意と経験の積み重ねの中から生まれます。現在はまだ、首都圏や関西地域に集中するジストニア専門医の先生方の経験値が抜きん出ているため、ジストニアのボツリヌス治療を行なっている他の医師との間に総じて技量の差が現れているようです。関連学会での手技要領の伝授や患者の通院先の拡散が進むことにより、専門医以外でも相対的に高いレベルで治療できる医師が増えていくことに期待したいところです。
内服治療は第一選択ではありませんが、軽症の場合やボツリヌス治療の補助療法として、トリヘキシフェニジル(アーテン)、メキシレチン(メキシチール)、ベンゾジアゼピン系薬物などが用いられることがあります。効果が出る場合もありますが、多くの場合その程度は不十分です。トリヘキシフェニジルの副作用、ベンゾジアゼピン系薬物の依存形成の強さには注意を払う必要があります。
ボツリヌス治療や内服治療で十分な効果がなく、日常生活や社会生活への支障が大きい場合は、定位脳手術(脳深部刺激療法=DBS、凝固術)や選択的末梢神経遮断術などの外科治療も選択肢の一つとなります。
このうち特に、痙性斜頸に対するGPi(淡蒼球内節)-DBSの適用に関しては、最近集積されてきたデータから平均改善率を6~7割(10の症状が3~4レベルまで減少)とする報告があり、概して選択的末梢神経遮断術より有効性は高いとされています。また一部の施設では、痙性斜頸に対する凝固術で良好な結果が出ているとの報告もあります。ただし、いずれの場合も結果には個人差があり、症例によっては効果が不十分となる可能性や副作用その他のリスクもあることを考慮する必要があります。
症状に付随する痛みに対しては脊髄刺激療法(SCS)を検討できる場合もありますが、総じてSCSは首以下の神経のどこかが傷ついたことによる二次的な痛みに適用され、ジストニアやジスキネジアの原因である脳の機能的異常に直接由来する痛みに対しては適用されないようです。
鍼治療でも効果があることが報告されています。概して緊張している筋肉を緩める効果に関しては、鍼治療よりボツリヌス治療の方が強力かつ確実です。その一方で鍼治療には、必要な収縮機能が働かなくなった(いわゆる陰性ジストニアを発症した)筋肉に対して緊張を促進する効果(促通)や、ジストニアの二次的症状として固縮してしまった筋肉や皮膚を伸ばす効果があるため、ボツリヌス治療とは異なる仕方で、痙性斜頸をはじめとするジストニアに改善をもたらす可能性があります。
ただし、鍼灸師は全国に5万人もいると言われ、鍼の打ち方や能力は鍼灸師によりまちまちですので、ジストニアのことをよく知り、ジストニア患者を治した経験もある、能力と実績のある鍼灸師にかかる必要があります。ジストニアの症状に適合した鍼治療を受けている限り、ボツリヌス治療(や内服治療)との併用によってさらに効果が高まる可能性もあるようです。逆に症状と適合しない鍼治療(緩和と促通の対象部位を逆にするなど)を受けると、かえって悪化するおそれがあるでしょう。
鈴木俊明先生は関西医療大学を拠点にジストニアの鍼治療について長年研究を重ね、成果を上げていらっしゃいます。
(※すでにジストニアの診断を受けている方は、関西医療大学の鍼灸治療所で木曜日午前の谷万喜子先生の外来で予約を取れば、鈴木先生の診察を受けることができます。また、関西医科大学精神神経科では、谷先生が水曜日午後のジストニア外来で遅発性ジストニアの患者を対象に鍼治療を行っています。また、大阪のスピカ鍼灸マッサージ院や神戸のみくら治療院では、鈴木先生の理論に基づく鍼治療が行われています。-2018年10月付情報。)
ボツリヌス治療で効果が出なかった場合やボツリヌス治療との併用として、補助具の利用を考慮できます。
「ラクビ(楽くび)」はハンガー反射と呼ばれる生体反応を応用した医療機器で、回旋用と前屈・後屈用の2種類があります。ハンガー反射とは、クリーニング店などで使われる針金ハンガーを頭にかぶせると自然と頭部が回転する反応のことで、健常者の9割でこの現象が確認されています。「ラクビ」はこの効果をさらに強化したもので、頭部にはめてベルトで絞め具合を調節し、頭皮との接触点で頭皮表面を首の症状の力と反対の向きに引っ張る仕組みになっています。その結果、一種の錯覚効果により頭部に働く症状の力が相殺されたように感じ、継続的使用により症状の緩和をもたらすというものです。効果には個人差があります。
一般商品として市販されていないため、詳細については製造元の株式会社TSSの担当者(中田英雄さん 090-6548-4708)にお問い合わせください。試用期間中に購入するか否かを決められる販売方式が取られています。
もう一つの補助具として、順天堂大学医学部附属順天堂医院の林明人先生が考案された首の筋緊張異常症改善用装具「ネックトリック、ネックワッカ」が挙げられます。半円形に湾曲した棒の両端にパッドが付いており、これを首にはめることにより感覚トリックが作動し、不随意運動を抑えるというものです。髪の毛や襟で隠すことができるため目立たないし、横になっても装着できるメリットもあります。
このネックトリックも市販されておらず、同先生の外来で患者個々人の首の形状に合わせて作成してもらうことができます。ラクビとは効果の機序が異なりますが、明確な感覚トリックのある方には役立つ可能性があると思われます。詳細については同先生の外来にお問い合わせください。
・頭部の傾きが大きく、支えがないと頚椎に支障をきたす状態の時は、クッション性のある丈の高いカラー(頚椎カラー、首サポーター)で首を巻くことによって補助効果を得られる場合があります。ただし、前屈などの場合、カラーに対して首が抵抗しようとするためにかえって症状が悪化することもあり、注意が必要になります。(この抵抗の動きは、原因筋に対抗していた拮抗筋の働きがカラーの支えのおかげで不要になるために停止し、その結果原因筋だけが収縮し続けて、カラーを押さえつけるものと考えられます。)
・症状によりますが、低反発素材で出来た枕の方が良く眠れる可能性があります。
・垂直と水平に十字線を引いた鏡に向き合うことで、頸部を含む自分の姿勢の歪みをイメージとして意識化し、正しい姿勢に近づけるようにします。この方法は、軽症の患者さんには効果的な場合があるとされています。
・首の筋肉のマッサージや強化訓練、首を症状と反対の方向に強引に傾けたり回したりする試みは、かえって原因筋まで刺激し、症状を悪化させるおそれがあります。
・症状が大きく出やすい場面(歩行時その他)では、できるだけ感覚トリックを使って症状を抑えるよう心掛けます。
薬剤性(遅発性)の痙性斜頸の場合は、上記の様々な治療法の前に、まず精神科の方で、可能であれば症状の原因となった向精神薬(抗精神病薬など)を減量または中止し、場合によっては他の薬に変更するなどの対応が必要になります。それらの適切な対応を取っても症状が収まらない場合は、ボツリヌス治療をはじめとする上記の治療にできるだけ早めに取りかかることが重要になります。
このことは遅発性ジスキネジアの場合も同じです。ただし、頸部のジスキネジアの場合、ボツリヌス治療については、経験値の高い医師でも症状によって打てるケースと打てないケースがあり、個別に判断されるようです。また、精神科で抗コリン薬 ― トリヘキシフェニジル(アーテン)やビペリデン(アキネトン、タスモリン) ― を処方されている場合は、これを緩やかに減量・中止することが望ましいでしょう。抗コリン薬はジストニアには有効性がありますが、ジスキネジアについては、これを発症・憎悪させる可能性があるとされています。それにもかかわらず、多くの精神科医が両者を区別しないまま、抗コリン薬を抗精神病薬の副作用への予防・治療薬として使ってきた習慣があり、その結果かえってジスキネジアを発症・悪化させたケースが報告されています。この点には注意する必要があります。
精神疾患を抱えている場合、向精神薬の服用自体は中止できないことが多く、また精神疾患はジストニア治療での改善を妨げる要因になるという点からも、精神疾患に対する治療は引き続き行う必要があります。心身双方の状態を十分考慮した上で、最適な薬の処方に切り替える必要があります。
また精神科によっては、ジストニア・ジスキネジアの発症後に原因となった向精神薬を急に大幅減量または中止することにより、かえって症状を悪化させてしまったり、別の離脱症状まで引き起こしたりすることがあります。本来なら、原因薬の減量や中止は少しずつ慎重に行わなければなりません。精神科に対して正しい減薬方法を周知すべき状況になっていると言えるでしょう。