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【現在の問題と課題】

1.治療の現状

(1)ジストニア・ジスキネジアの治療

 ジストニア・ジスキネジアはそれ自体で生命の危機にさらされるような病気ではありません。治療法として服薬、ボツリヌス治療、外科手術、鍼治療、リハビリ、補助具等がありますが、特に局所性のジストニアに対してはボツリヌス治療が高い有効性を示します。現在、まぶた(眼瞼痙攣)、首(痙性斜頸)、咽頭(痙攣性発声障害)に対するボツリヌス治療が保険適応となっています。他の部位へのボツリヌス治療は適応外治療になりますが、口周りや舌、あご、手などの部位(一部にジスキネジアを含む)でも症状の緩和に役立つことがあります。

 局所性ジストニアの場合、発症後できるだけ早い時点から専門医のボツリヌス治療を受け始めることで  ―  薬剤発症の場合は同時に原因薬も徐々に減薬・中止し、必要なら別の薬に置換することにより  ―  症状を緩和し、その後長期にわたり軽症のレベルに抑え、うまく行けば寛解にまで行きつく可能性もあります。

 ジスキネジア  ―  その多くは向精神薬の副作用として発症  ―  の場合、ボツリヌス治療は一部の症状に対してだけ適応外治療として行われています。原因薬の減断薬と併せて服薬治療などが行なわれますが、軽症であれば減断薬だけで回復することもあります。

 また、手のジストニア(書痙または職業性)では凝固術、喉のジストニア(痙攣性発声障害)ではチタン手術等も有効性があり、症状が全身性にまで拡がった場合でも、DBS(脳深部刺激術)によりうまく行けば症状をかなりの程度まで軽減できる可能性があります。

  

(2)治療の限界と不確実性

 とはいえ、現状ではまだ、症状の大幅な軽快に至らない患者さんも多くいらっしゃいます。適切な治療の開始が遅れたために症状が一定レベルを超えて進行してしまうと、一般に改善の見通しは低下します。医師の経験値の差も治療の結果に影響します。ボツリヌス治療の効果が最初から現れない患者さん、徐々に現れなくなる患者さんもいらっしゃいます。脚部や体幹など、ボツリヌス治療では対応の難しい部位の症状もあります。

 また、薬剤性(遅発性)のジストニア・ジスキネジアで症状が拡がるなどして重症化すると、治療は難しくなってきます。

 定位脳手術(DBSおよび凝固術)も万能ではなく、期待したほどの効果が出ない場合や構音障害その他の副作用が発現する場合もあります。

  

(3)闘病への姿勢

 このような治療上の限界と不確実性を伴うジストニア・ジスキネジアですが、患者としては、できるだけ悲観的にならず、前向きの気持ちを持って闘病することが大切になってきます。精神的に大きなストレスを抱えていると症状の悪化因子になるため、ストレスの原因になっている問題を解決することが大切です。

  同病者と交流していくことで、苦しいのは自分だけではないことが分かり、励ましを得ることができます。

 治療法に関する情報を集め、自分にとって最適な治療の選択肢を見出し、症状を一定以下に抑える道筋を付け、希望をもって闘病を続けられるよう生活と発想を組み立て直すことが大切です。病気を完璧に治そうとするよりも、病気をある程度受け入れ、病気とうまく付き合っていくことが重要になってきます。

  

2.治療環境上の問題

 

(1)全体的問題

     現在のジストニア・ジスキネジアの治療環境は一昔前に比べると確実に向上してきていますが、解決すべき問題や残された課題も多くあります。
  ジストニアに対するボツリヌス治療を専門的に行なう医師は限られており、首都圏や関西等の地域に集中しているため、遠方に住む患者さんにとって通院の不便さは大きくなり、費用負担は重くなります。また、診療の中核を担う専門医の先生方の年齢層は上方に偏っているため、それらの先生方が引退される数年後から先の将来的な治療環境は安泰とは言えません。

 一般の神経内科やリハビリテーション科でジストニアへのボツリヌス治療を行う医師も増えてきていますが、針筋電図検査やエコー検査を併用する指針が十分順守されていないために、あまり治療効果が上がっていないケースもあるようです。
   さらに、ジストニア・ジスキネジアに関する認知はまだ十分進んでおらず、その症状は身体の様々な部位にわたり、他科の医師はもちろん神経内科医でさえ適切に鑑別できないことも多いため、正確な診断と適切な治療に行き着くまでに長い時間がかかる患者さんも、いまだに数多く見受けられます。

 

(2)精神科での薬剤性ジストニア・ジスキネジアへの対応の問題

     特に、向精神薬の副作用で発症する薬剤性ジストニア・ジスキネジアの場合、一部の精神科医に必要な知識が足りず、または責任回避の意識が働くために、「ヒステリー」や拡大解釈された「心因性」「身体表現性」の診断名で片づけられてしまう事例が頻発しています。いったんこのような診断を下されると、ボツリヌス治療は無効とされ、受けることができなくなるため、患者にとって深刻な事態になります。発症後に精神科医が知識不足から原因薬を一気に断薬するという不適切な対応を取り、かえって症状を悪化させてしまうケースも目立ちます。薬剤性の症状は時間が経つうちに拡大して難治度が増すことも多いため、一部の精神科で見られるこのような対応は大きな問題と言えます。

 

(3)他の分野での認知不足と誤診

     また、薬剤性の場合にも多い口やあごの症状では、歯科・口腔外科でのジストニア・ジスキネジアの認知度が際立って低いため、誤診や誤った治療を受けたままになっている潜在患者が非常に多いのではないかと予想されます。他の部位の症状でも、眼瞼痙攣は眼科でドライアイと、書痙の場合は腱鞘炎などと誤診されやすい現状があります。関連する科に対するジストニア・ジスキネジアの正確な知識の普及は、依然として大きな課題です。

 

 

3.生活・就労上の問題と社会保障制度

 

 前述のように前向きの姿勢で闘病することが望ましいとはいえ、患者さんの居住地域や経済状態、就労状況によっては、それが非常に困難になることも少なくありません。
  遠方の患者さんにとって、通院にかかる費用は高額になります。働いている人で経済的余裕が乏しい場合、症状が進んで失職リスクが高まってくると、そのこと自体が大きなストレスになるため、悪循環に陥りかねません。実際に失職してしまうケースも多く見受けられます。
  そのような就労上の危機や経済的困難に際して失業手当や社会保障制度をうまく利用できれば良いのですが、現行の障害者手帳や障害年金等の制度では、ジストニアやジスキネジアのような不随意運動での患者の事情が十分汲み取られた認定基準にはなっていません。たとえば、現行の手帳制度の視覚障害分野では「視力」と「視野」の基準しかなく、「眼瞼の運動障害」を対象外にしているため、眼瞼痙攣の患者さんはどんなに重症化しても手帳を取得できません。
  このような事情があるため、社会保障制度の実質的な救済対象になる患者は、重症患者の一部に限られています。そしてほとんどの患者さんは、症状が軽症から中症レベルへと進んでしまうと、継続的な一般就労が事実上ほぼ不可能な状態で生活していかざるを得なくなります。 また、たとえ身体的には軽症であっても、症状の部位によっては仕事の大きな妨げになりますし、精神的ストレスも加わると気持ちの上で重症感が強まり、やはり就労の継続は厳しくなりがちです。