注:このページをご覧の方は必ず免責事項をお読み下さい。
また、本ページに記載されている説明は、医療的アドバイスを目的としたものではなく、資格を有する医療専門家の受診や相談に代わるものではありません。患者さんが病院にかかる際には、必ず医師にご自身の症状のことをよく相談の上、診療を受けるようにしてください。
ジストニア・ジスキネジアとは、体の一部または広範囲の筋肉が意思に反した(=不随意な)収縮や運動を起こしてしまい、姿勢保持や動作が困難になる病気を指します。語義的にはそれぞれ、「異常な(ジス)筋緊張(トニア)」「異常な(ジス)運動(キネジア)」を意味します。
ジストニアでは、特定の筋肉(群)が、何らかの動作や環境に応じて(またはそうしたことに関係なく常に)一定のパターンで収縮し、身体の一部または広範囲に異常なねじれや屈曲などの不自由な状態を生じます。
ジスキネジアでは、特定の筋肉(群)が、身体の一部にリズミックで不規則な運動を起こします。
ジストニアもジスキネジアも身体の様々な部位に発症する可能性があります。ジストニアとジスキネジアが併存することもあります。
注1:(※)はジスキネジアの症状です。遅発性ジスキネジアの実際の動きについてはこちらのサイトの症状動画が参考になります。
注2:目の症状ではまぶたの不随意な収縮だけでなく、まぶしさや異物感・痛みなどの感覚異常を伴うことが多く、感覚異常の方が主症状になることもあります。
注3:以上のうち複数の症状が併発したり、複数の領域に拡がることもあります。
上記の具体的な症状があり、下記の特徴のいずれかまたは複数に該当する場合は、ジストニアの可能性が高くなります。具体的な特徴例については、各部位のページをご覧ください。
定型性 | 異常な姿勢や運動には患者ごとに一定のパターンがある |
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動作特異性 | 特定の動作や姿勢によって症状が出たり、増悪したりする |
感覚トリック | 特定の感覚刺激によって一時的に症状が軽減する |
共収縮 | 互いに拮抗関係にある筋が同時に収縮する |
早朝効果 | 起床後しばらくの間、症状が軽減する |
ジストニアの治療法については、『ジストニア診療ガイドライン 2018』(南江堂)やそれを補足するものとして『CLINICAL NEUROSCIENCE 2020年9月号 ジストニアupdate-診療ガイドライン2018を超えて』(中外医学社)、『BRAIN and NERVE 2023年1月号 よく出会う不随意運動を知る』(医学書院)、『小児痙縮・ジストニア診療ガイドライン2023』(診断と治療社)、『ジストニアとボツリヌス治療 改定第2版』(診断と治療社)など、参考になる様々な書籍が出ています(筆頭のガイドラインはこちらの日本神経学会サイトからPDF版を参照できます。
本ホームページでは、各病型のページ(眼瞼痙攣、痙性斜頸(頸部ジストニア)、顎口腔ジストニア・ジスキネジア)に、当会で独自に入手できた情報を含む参考情報を記載していますが、これらの病型以外の説明は今後追加していく予定です。
遅発性ジスキネジアの症状・治療法については、下記Bのほか、厚生労働省がホームページに掲載している『重篤副作用疾患別対応マニュアル「ジスキネジア」』(2022年2月改定)も参照してください。
ジストニア・ジスキネジアを誘発する可能性のある薬については、同マニュアルの末尾にある一覧表が参考になります。なお、その一覧表には記載されていませんが、眼瞼痙攣の場合は抗不安薬や睡眠薬に使われるベンゾジアゼピン受容体作動薬による発症例が多いことが専門医により報告されています。
ジストニア・ジスキネジアの治療が可能な病院の詳細情報を、会員の交流の場(mixiの非公開コミュニティ)に掲載し、医師・関係者の話や患者さんからの生の報告をもとに随時更新しています。コミュニティへの参加を希望される方は、当ホームページの「入会申込み」のページから申込書の記入画面へと進んでください。
ジストニアの国内患者数は、2010年頃までは病院単位の疫学調査をもとに10万人あたり15~20人、全国で2万人程度と言われていましたが、未診断や誤診に終わっているケースが非常に多いと予想されるため、現在では軽微な症例まで含めると数十万人に及ぶとの推定も出てきています。国単位では最大のジストニア患者団体である米DMRF(Dystonia Medical Research Foundation)は、米国のジストニア患者数を25万人と推定しており、日米で事情は異なるものの、参考までに単純に日本の人口に換算すると9万4000人となります。ジストニアは従来考えられてきたほど稀な病気ではないようです。
ほとんどの場合、発症はある日突然、体のどこかの筋肉に、自分の意思に反した動きやこわばりや痛みを感じるところから始まります。目のジストニア(眼瞼痙攣)では不自然なまぶしさの感覚から始まることもよくあり、のど(声帯)のジストニア(痙攣性発声障害)では声の奇妙な出しにくさに気付くところから始まります。全体として見ると、局所性(身体の一部分まで)のレベルに留まるケースが患者の大半を占めますが、日常生活で重要な機能を担う目・首・舌・顎・のど・手・足・体幹などの使用が困難になるため、たとえ軽症であっても生活や仕事に支障を来し、休職や失職に追い込まれることが珍しくありません。病状が進行すると外出もままならなくなるため、周囲の人が考える以上に本人にとって辛い面のある病気です。
発症の詳しい原因は解明されていませんが、大脳基底核・視床・大脳皮質・脳幹・小脳などで構成される運動制御システムに異常が起きていると考えられています。とはいえ、脳画像検査を受けても、(脳血管障害によるジストニアなど一部の例外を除き)異常は検出できません。特に思い当たる原因もなく発症することがある(特発性ジストニア)一方で、職業的な反復動作、脳性麻痺その他の脳障害、向精神薬の服用や急な減断薬などが発症の誘因になることもよくあります(職業性・二次性・薬剤性ジストニア)。パーキンソン病その他の神経疾患の症状としてジストニアが発症することもあります。遺伝性のジストニア(DYTシリーズ)もあり、2021年8月時点で20の責任遺伝子が判明しています(国内患者数は推定で約500人)。さらに、交通事故やスポーツ中の事故などによる外傷が引き金となって、首や四肢などが痛みとともに固定的な異常姿勢を来すジストニア(外傷後ジストニア)もあります。
このように相異なるいくつもの類型があり、病原が画像や数値で測定されず、発症部位も症状のパターンも重症度も患者によって多様であるため、この病気の全体像を正確に理解するのは容易ではありません。はっきりした理由が思い当たらないまま、比較的短期間(時間)のうちに悪化や軽快が進むこともあり、この病気にはつかみがたい一面もあります。
一方、患者さんの中にはうつ病や抑うつ傾向を示す人の割合が多いと言われており、心身のストレスが症状に影響を及ぼす傾向を感じている患者さんも多いようです。そのため、自分にストレスを与えている要因がはっきりしている場合は、その問題に対処することで症状に変化が生じる可能性もあるでしょう。もしかすると、ジストニアを発症したことを契機に自分が抱えてきた問題(その内容は人によって様々でしょう)に正面から向き合うこととなり、問題を克服しようとする気持ちが闘病の原動力につながる患者さんもいらっしゃるかもしれません。
とはいえ、一部には、症状が否応なしに進行して大変厳しい状況に直面する患者さんもいらっしゃいます。そのような時には、家族の支援や理解し合える友人・同病者との交流が大切な心の支えになることもあるでしょう。
ジストニアにはもう一つ、心因性という特殊な類型もあります。突然発症して初期段階から固定姿勢を取るなど、通常のジストニアでは見られない特徴があるとされ、他の類型のジストニアとは異質なメカニズムの関与が想定されています。ただし共通の要素がないわけでもなく、「精神的な問題」という曖昧な解釈で片付けられてしまうのを避けるため、最近では機能性ジストニアという病名も使われます(機能性運動異常症の一つと位置づけられています)。心因性(機能性)ジストニアに対しては、ボツリヌス治療や定位脳手術は無効とされ、関係する専門家によるチーム医療が望ましいとされていますが、現実にはそのようなチーム医療が整っている医療機関はまだあまり耳にせず、この点は診療体制上の一つの課題と思われます。
一方、現実の診療において、心因性という診断は上の意味よりもしばしば拡大される傾向にあるようで、患者の訴えを裏付ける身体的異常が見当たらない様子だと、十分な検査を経ないまま心因性と診断されてしまうことがよくあります。類似の意味で身体表現性障害、身体化障害、身体症状症、転換性障害などの診断名が適用されるケースも聞きます。先述のようにジストニアの患者さんには抑うつ傾向を示す人が多く、心身のストレスが症状に影響しやすいことや、どういう環境にいるかによっても症状の出方が変わりやすい(たとえば人目にさらされる場では症状が増悪し、診察室内では軽減しやすいなど)ことが、こうした診断傾向を生んでいると思われます。さらに、精神科に通院している患者さんの中には、向精神薬の副作用や離脱症状のために外面からは分からない内的な感覚異常や痛みの併発に苦しんでいる人もいるのに、精神科通院者であることや単なる表面的印象から「本人が過剰に気にしているだけではないか」との見方(ひいては一種のパーソナリティ障害のように見なす観点)に陥りやすいことも、このような現状に関係していると思われます。
発症の経緯や症状の様態から薬剤性と考えて間違いないはずなのに心因性(機能性)と見なされてしまうと、患者さんは自分の感覚的事実を否定されたように感じて医療不信に陥り、正しい治療の道からも遠ざけられ、追いつめられてしまいます。こうした不適切と思われる診断事例が現在も頻繁に起きていることについては、状況改善に努めていただくよう関係者に切にお願いしたいと思います(これはジスキネジアにも共通する問題点です)。
社会一般や医療従事者の間でのジストニアの認知度は、この20年ほどの間にかなり向上してきたと感じますが、まだ現時点では、この病気が十分理解されているとまでは言えない状況と思われます。また、ジストニアは身体の様々な部位に発現するため、患者さんが最初に訪れる科が眼科、耳鼻咽喉科、歯科・口腔外科、整形外科になる場合も多いようですが、それらの科での認知度もまだ不十分と感じます。その結果、患者さんが短期間で正しい診断と治療に行き着くとは限らない状況が今もあります。また、ジストニアの専門医は首都圏や関西地域に集中しているため、遠方の患者さんが専門医の治療を受けようとすると、費用や移動方法の点で苦労することが少なくありません。
ただ、今のところジストニアを根治する方法はありませんが、痙性斜頸などでは、早い段階から経験豊富な医師のボツリヌス治療を受けることで、ほぼ寛解の状態にまで導かれる患者さんも少なくないようです。治療開始時期が早いほど、改善率も高い傾向にあることが知られています。目・首・のど(声帯)へのボツリヌス治療には保険が適用されます。それ以外の部位でも、ボツリヌス治療によって症状を抑えられるケースがあります(ただし打てる医師は一部の専門医などに限られてきます)。
内服治療や定位脳手術、その他の外科治療、鍼治療なども行われており、それぞれに一定の緩和効果を得られる場合があるようです。定位脳手術(凝固術と脳深部刺激療法=DBS)には一定のリスクがあり、効果の出方には個人差がありますが、うまくいけば大幅な改善に至ることもあります(改善しない場合や新たな副作用が生じる場合もあります。個々人の結果を事前に確実に予測することは、現時点では不可能と思われます。米ハーバード大学で人工知能(AI)を使って高い精度で結果を予測する技術が開発中のようです)。
脳性麻痺に伴う痙性(つっぱり)の強いジストニアに対しては、バクロフェン髄注療法(ITB)が適用になります。また、症状によっては補助具やリハビリも効果的な場合があるようです。自分の症状に合った治療法について早い段階で見当を付け、症状を少なくとも現状以下のレベルに抑止できるよう患者さん自身も情報を集め、知識を付けることが重要と思います。
ジスキネジアという疾患名にはまだ完全に合意された定義が存在しないと見られており、その時々の文脈により異なる意味で使われていることがあります。総じて言えば、向精神薬や制吐薬・消化管運動改善薬などの副作用や離脱症状により舌・口周り・顎・顔面・首・腕・手・足・体幹・呼吸筋などに起きる不規則でリズミックな不随意運動を指すことが多く、当会の活動でも主にこの意味での薬剤性ジスキネジアを念頭に置いています。一方、ジスキネジアを薬剤性の不随意運動全体、または単純に不随意運動全般を包括する病名として使用する例も見られます※。
(※ジスキネジアには薬剤性の他にも、原因不明の特発性ジスキネジア-高齢者などに見られる口周り・舌の反復的な不随意運動-や、遺伝子異常その他の原因により運動やカフェイン・アルコール摂取などが誘因となって起きる発作性ジスキネジアなどがあります。)
精神科や心療内科で処方される向精神薬の中では、原因薬としていつも抗精神病薬が強調されがちですが、実際には、発症率において抗精神病薬を下回るとしても※、幅広い種類の向精神薬でジスキネジアが発症しています。たとえば、抗うつ薬(三環系・SSRI・SNRI)、抗てんかん薬、リチウム(気分安定薬)、抗不安薬(ベンゾジアゼピン系薬-主に離脱時)などがそうです。さらに向精神薬以外でも、制吐薬・消化管運動改善薬(特にメトクロプラミド=プリンペラン、ドンペリドン=ナウゼリン・ペロリック)、抗パーキンソン病薬、カルシウム拮抗薬(高血圧・狭心症の薬)、抗ヒスタミン薬(アレルギー反応を抑える薬)、抗ウイルス薬など、中枢神経に作用する薬であれば原因薬になりうると言われています。また、抗精神病薬のクロルプロマジン(コントミン)やオランザピン(ジプレキサ)は制吐薬としても使用されることがあり、抗精神病薬・抗うつ薬のスルピリド(ドグマチール・ミラドール・アビリット)は胃潰瘍・十二指腸潰瘍の治療薬としても使用されることがあります。
(※最終的には第一世代〔定型〕抗精神病薬の服用者の約30%、第二世代〔非定型〕抗精神病薬の服用者の約20%に発症すると言われています。)
原因薬を一定期間飲み続けた後に現れる遅発性ジスキネジアの他に、服用してきた薬の減量や中止によって発症する離脱性ジスキネジアの患者さんも、とても多く見受けられます(文献では離脱性ジスキネジアを広く遅発性ジスキネジアに含めている場合もあります)。また、割合としては少ないものの、服薬開始から比較的短時間で発症する急性のジスキネジアもあります。
これらの薬剤性ジスキネジアと紛らわしい症状として、薬剤性ジストニアがあります。前者は不規則性のある異常運動、後者は一定の筋肉の収縮による定型的な異常運動や固定的な異常姿勢とされますが、両者が身体の異なる部位に併発している場合や、両者の見分けがつきにくい事例もあるようです。
また、原因薬の種類が多岐にわたり、それらを服用する患者一人一人の体質と服薬歴のパターンにも無限の多様性があるせいでしょうが、テキストに記載された標準的なジスキネジアの記述とは一致しない変則的パターン(たとえば振戦様だったり、首がぶん回しになるなど)の異常運動も見かけます。ジスキネジアという言葉を広く(薬剤性の)運動異常症を包括する用語として定義した場合は、そのような症状もすべて広義のジスキネジアに含まれることになるでしょう※。 (※遅発性の運動異常症を包括する用語として「遅発性症候群」という言葉が使われる時もあります。その場合、遅発性ジスキネジアは、遅発性ジストニア、遅発性アカシジア、遅発性チック、遅発性振戦、遅発性ミオクローヌスなどと並んで遅発性症候群の一つという位置づけになります。)
ジスキネジアを対象とする広域的な実態調査はほとんど行われておらず、国内の患者数や詳細な実情は明確になっていません。精神科で1970年代に始まった多剤併用・大量処方の習慣は、1990年代に第二世代の非定型抗精神病薬が登場し、諸外国が単剤化・低用量化に向かうようになった後も、日本では根強く存続しました。行政が多剤処方の規制に乗り出した2012年前後から、ようやく状況は変わり始め、抗精神病薬だけでも3~4剤処方するような行き過ぎた多剤処方の事例は、現在では大分影を潜めたように見えます(ただし規制には例外規定もあるため、多剤大量処方の事例が無くなったわけではありません)。
しかしながら、この間に今度は、抗精神病薬の適応拡大や適応外処方が進み、統合失調症だけでなくうつ病や双極性障害の治療にも抗精神病薬が頻繁に使われるようになっています。また特に、2018年頃からのメディアによる発達障害キャンペーンと並行するように、小児まで含めた自閉症圏の若年層への抗精神病薬の処方が急速に広がったことが報告されています。加えて、抗うつ薬の処方量も2000年代に急増した後、高止まりしており、一部の患者に深刻な依存と離脱症状を生じるベンゾジアゼピン系薬(主に睡眠薬や抗不安薬として処方される)も、国内の総処方量はやや減少したとはいえ、現在も多くの科で頻繁に投与されています。
こうした近年の向精神薬処方の動向を考慮する限り、残念ながらジスキネジアの患者数が今後はっきりと減少傾向に向かうことは期待できないと思われます。
遅発性ジスキネジアが発症するメカニズムの説明としては、これまでのところ、「ドパミン受容体過感受性」説が有力です(遅発性ジストニアについても同じ説が示されています)。すなわち、脳内の黒質線条体にあるドパミン受容体が薬により過剰に遮断されると、脳がこの状態に適応しようとして同受容体の数を増加させ(「アップレギュレーション」と呼ばれる反応)、同受容体のドパミンへの感受性が亢進することにより、制御できない異常運動が誘発されるというものです。しかしながら、ジスキネジアはドパミン受容体への遮断作用を持たない薬でも発症しているため、真の原因は不明とも言われています。
遅発性ジスキネジアはいったん発症すると「不可逆的」な過程をたどりやすい、などとよく言われます。しかし、発症から間もない段階で原因薬を「ゆるやかに」減断薬する(精神症状のためにどうしても代替薬が必要な場合は他の薬に「ゆるやかに」切り替える)など適切な対応を取ることで、出かかった症状を軽減ないし消失させられるケースは少なくないようです。ただし、こうした対応が遅れれば遅れるほど、症状が持続する(場合によってはさらに悪化する)可能性が高まる傾向があると思われます。
一方、薬を減量または中止したために発症した離脱性ジスキネジアの場合は、できるだけ早い段階で同じ薬を増量する(減量した場合)か一定量を再服用する(中止した場合)ことで、これまた症状を軽減または消失させられるケースがままあるようです。しかし、この場合も対応が遅れれば遅れるほど、回復への可能性は遠のくものと予想されます。早い段階での増量や再服薬によって症状が緩和したら、その後、その薬が不必要であれば、今度は様子を見ながらより慎重に、ゆるやかなペースで減薬していくことが、現在一般に望ましいと見なされる対応のようです。
患者さんの履歴を調べていくと、遅発性ジスキネジア(またはジストニア)を発症した際に、原因と思われる薬を「一気に」減薬または中止した結果、症状がいっそう悪化・膠着したと思われるケースに頻繁に出くわします。仮に「ドパミン受容体過感受性」説を正しいものと仮定するなら、このような患者さんの状態は、ドパミン受容体が遮断されたことへの神経の適応反応として受容体数が増大した後に、今度は遮断を一気に解除したため、突然過剰なドパミン結合が生じ、大量の電気信号が神経の機能に何らかの不具合や損傷を生じたものと考えたとしても、あながち不合理な推測とも言えないように思います。実際の脳内の変化はこのような理解よりも複雑でしょうが、ここで重要なポイントは、異物に対する神経の適応反応が進行した(その結果として遅発性ジスキネジアを発症した)その時に、今度は一気に減断薬することで、それまでの適応の方向とは真逆の大きな負荷を神経に与えてしまう点にあると思われます。
医療関係者の皆さまには、症状の発現後できるだけ早い時点で対応していただくと同時に、患者さんの体調を本人と確認しながら、適切な措置を講じることで更なる悪化を回避できる可能性について十二分に考慮していただきたく思います。
総じて向精神薬の処方習慣をめぐっては、主要な問題の焦点が、かつての多剤大量処方から、最近は依存・耐性・離脱症状と適正な減断薬〔deprescription〕のあり方へと推移してきており、すでに海外で向精神薬の詳細な減断薬ガイドラインも出始めています。ただし、離脱症状や減断薬については、被験者がハイリスクな状況にさらされうるランダム化比較試験〔RCT〕を実施しにくいせいか、医学的エビデンスが質・量ともに不足している印象を受けます。そのため、どのエビデンスを採用するかで結論が分かれる状況にあることが、文献から読み取れるように思います。
またこうした事情により、被害患者グループの間では以前から多くの患者の実体験を通じて自明となっている重要な諸事実が、不十分なエビデンスをメタ解析して得られた結論には反映されず、結果として処方習慣の改善と重症被害者の減少につながりにくい構造があると感じます。
当会は2022年に関係者に呼びかけ、厚生労働省の重篤副作用疾患別対応マニュアル「ベンゾジアゼピン受容体作動薬の治療薬依存」の改定を求める要望書を作成・提出しましたが、その際の経験を通じても、このような不合理な「壁」が存在することを実感しました。今後、真の状況改善のためには、医療従事者と被害患者がこの壁を乗り越えて理解・協力し合えるかが問われてくるものと思います。
遅発性ジスキネジアの治療薬としては、2017年に米国で承認されたバルベナジンが、日本でも2022年6月から「ジスバル」として発売されています。ただ、残念ながら眠気や逆に不眠などの副作用のために利用できない患者さんの声が多く聞かれ、症状が軽くなり助かっているとの感想を述べる患者さんは比較的少ないようです。また、飲み続けないと効果を維持できないとされているため、服用の長期化とともに副作用リスクが高まる(と予想される)ことにも留意する必要があります。
ジスバル以外の治療候補薬もいくつか挙がっており、厚生労働省ホームページで参照できる重篤副作用疾患別対応マニュアル「ジスキネジア」やその他の参考文献・関連サイトで確認できます。精神科や神経内科の理解ある医師の下でそれらの薬を試すことは可能であり、一部の薬で効果があったとの声も聞かれると同時に、効果が長続きしなかったとの報告も耳にします。総じて、内服治療で持続的回復を実感できている患者さんの割合は低いようです。
また、抗コリン薬(トリヘキシフェニジル(アーテン)、ビペリデン(アキネトン、タスモリン))はパーキンソン症候群やアカシジア、ジストニア、遅発性以外のジスキネジアに対し治療薬として使われますが、遅発性ジスキネジアについては逆に発症や増悪を招く恐れがあるとされています。ところが、向精神薬の副作用として遅発性ジスキネジアが前記の症状と併発している場合、状況によっては医師の判断で抗コリン薬が処方される可能性があるため、患者としても注意しておく必要があります。同様に、遅発性ジストニアに対して抗コリン薬が処方された場合は遅発性ジスキネジアを誘発するリスクが高くなるので、これも要注意です。
適応外治療になりますが、一部の症例ではボツリヌス治療や脳深部刺激療法(DBS)が効果的な場合があるようです。
ボツリヌス治療はジストニアを適応対象としているため、基本的にはジスキネジアを治療するというより、ジスキネジアの症状の中にジストニアの併発が見られるケースにおいて、そのジストニア部分に対して治療する場合があると考えた方が良いでしょう。ただし、部位によってはジスキネジアを起こしている個所に注射するケースもあるようですが、具体的対応は医師の個別の判断によります。
脳深部刺激療法(DBS)はジスキネジアに対して比較的高い改善効果をもたらす場合があることが報告されています。ただし、ジストニアの場合と同様、一定のリスクがあり、効果の出方には個人差があります。事前に確実に結果を予測することは、現時点で不可能と思われます。
一部の精神科では、遅発性ジスキネジア(・ジストニア)を発症している統合失調症やうつ病、双極性障害、重度強迫性障害等の患者に対し、修正型電気けいれん療法(m-ECT)が行われることがあります。ただし、この治療法で改善する患者さんもいるものの、有効性には不確実性が伴うことと、記憶障害などの副作用リスクがあることを念頭に置く必要があります。また、一般的には遅発性ジスキネジア(・ジストニア)それ自体の治療を目的に実施されることはほとんどなく、精神疾患の治療を主目的としているため、遅発性ジスキネジア(・ジストニア)の治療をメインにm-ECTを受けたい場合は、運動異常症に詳しい精神科医の理解を得る必要があります。
総じて、ジスキネジアに対する治療の研究はあまり進んでおらず、現在の西洋医学的治療法にはジスキネジアの十分な改善を期待できるものは乏しく、副作用リスクもあります。そのため、症状が慢性化した患者さんの多くは、厳しい状況に追い込まれがちです。
そんななか、副作用リスクの低い漢方や栄養療法、鍼治療などで身体に元々備わる自然治癒力を補強した方が、長い目で見ると回復への近道となる場合もあるように感じます。実際、口顎舌から四肢までほぼ全身に広がった重篤な遅発性ジスキネジアの症状が、漢方を中心とする治療により8年間でほぼ消失したケースなども確認しています。
漢方治療の効果を高めるには、高度な専門的知識を有する経験豊富な漢方医に相談し、個々の患者さんの体質に合った処方をしていただく必要があります。これまでのところ、遅発性ジスキネジアに対する抑肝散、加味逍遥散、三黄瀉心湯などの改善効果を裏付けた研究結果が報告されているほか、患者さんから芍薬甘草湯を試みて症状の緩和に役立っているとの報告を受けています。(伝統的漢方薬とは異なりますが、イチョウ葉エキスで統合失調症患者の遅発性ジスキネジアが改善したことを示すエビデンスもあります。)ただし、個々の患者さんの体質に合わせた処方による総合的な自然治癒力の向上という観点からは、生薬の選択と調合は百人百様になることも予想されます。漢方には未知の可能性が潜んでいるかもしれず、栄養療法や鍼治療と並んで注目すべき領域と思われます。
一方、薬剤性ジスキネジア・ジストニアの患者さんは、症状がなかなか軽快しない場合、これまで精神科や心療内科で受けてきた薬物療法についてよく考え直してみる必要があるかもしれません。ジス発症前まで自分は薬物療法でどのくらい助かっていたか、自分の精神症状を静めるために薬は本当に必要だったか、特に効果らしいものを感じないまま薬を飲み続けていなかったか、すべてを医師任せにしていなかったか、等のことです。向精神薬はジストニア・ジスキネジア以外にも重篤な副作用を生じる可能性があり、服用が長期化するほどそのリスクは高まります。また、一定期間服用した後に急な減薬や断薬をすると、人によっては過酷な離脱症状に見舞われ(離脱症状は減断薬から数か月経ってから生じることもあります)、時にはその症状が後遺症のように何年にもわたって続くことがあります。
それゆえ、自分が服用してきた薬について患者自身が良く調べ、その性質を把握しておく必要があります。残念ながら、薬のリスク情報について事前に丁寧に説明してくれる医療機関や医師はほとんど聞かないのが現状です。また、減断薬を希望する患者さんを進んで受け入れ、本人の体調に配慮しながら最後まで丁寧に対応してくれる医師も、(少しずつ増えているようですが)まだごく一部です。ですので、まずは自分自身が賢くなる必要があります。
また、睡眠薬については、重度の不眠など難しいケースもあるでしょうが、依存・離脱症状リスクのあるベンゾジアゼピン受容体作動薬(非ベンゾジアゼピン系のZ薬などを含みます。服用が長期化するにつれ、人によっては減断薬しないでも服用間離脱や耐性の形成に伴う離脱の症状が出てくることがあるようです)からより安全とされるメラトニン受容体作動薬やオレキシン受容体拮抗薬に切り替えてみたり、薬に頼らない睡眠対策(信頼できる関連本やネット情報の中で様々な対応策が紹介されています)を色々と試してみることも一つの選択肢と思います。このようにして、やむを得ない場合を除き、ハイリスクな薬に頼らずとも自分の心身の健康を維持できる方策がないかよく検討していただきたいと思います。
自分の意思でコントロールできない不随意運動には、ジストニア・ジスキネジア以外にも以下のように様々な種類のものがあります。
●振戦
筋肉の周期的収縮によって起きる規則的な震え。抗精神病薬を初めとする広範囲の薬によっても発症します。
●舞踏運動
ハンチントン病などで見られる。体から遠い手足や顔面を中心とした速い不規則な動きで、踊っているように見える症状。中枢神経に作用する広範囲の薬によっても発症します。
●アテトーゼ
脳性麻痺により手足や顔面・舌に起きる、ゆっくりしたねじるような動き。
●ミオクローヌス
体の一部が電気に打たれたかのように一瞬だけピクッと動く、不規則なショック様の筋収縮。抗精神病薬や三環系・四環系抗うつ薬等によっても発症します。
●アカジシア
抗精神病薬、SSRI等の副作用で足に不快なムズムズ感が生じ、静座ができずに落ち着きなく動き回る症状。
●バリズム
脳血管障害で見られることが多い。通常、片側の手足を放り出すような大きな速い動き。
●チック
不快な違和感があるため、片方の肩や口元を繰り返し突発的に動かしてしまう症状。一時的に抑止できる。抗精神病薬、抗てんかん薬等でも発症します。
このページおよび後続ページに載せている症状・治療関連の説明は、ジストニア・ジスキネジアに関する医学文献を中心に、医師の講演会や談話での説明、患者の生の声なども加味して作成しました。使用した主な参考文献を以下に記します。
なお、当ホームページのご利用にあたっては、免責事項もご覧ください。